大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

金沢地方裁判所 昭和36年(む)68号 判決 1961年7月27日

被疑者 高野辰美 外六名

決  定

(被疑者等氏名略)

右被疑者高野辰美、同山田幸一、同小清水助三郎、同吉村敏郎、同四井契、同笠舞貞男に対する傷害、同井南武男に対する暴力行為等処罰に関する法律違反各被疑事件について、昭和三十六年七月二十一日金沢簡易裁判所裁判官塚本一夫がなした勾留の裁判に対し、右被疑者等の弁護人梨木作次郎、手取屋三千夫、豊田誠から適法な準抗告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件準抗告の申立はいずれもこれを棄却する。

理由

本件準抗告申立の趣旨並びに理由は、別紙準抗告の申立書記載のとおりである。

よつて、審案するに、本件記録に徴すれば、被疑者等いずれも勾留状請求書(逮捕状請求書)記載のような犯罪を犯したと疑うに足りる相当な理由のあることが一応認められる。

次に、被疑者等に対する本件各勾留の裁判が、被疑者等が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があると認めてなされたものであることは、本件各勾留状の記載により明らかであるところ、弁護人は、被疑者等には罪証隠滅の虞れは全くないと主張するので、この点について判断する。本件記録によれば、被疑者等は、いずれも全国自動車交通労働組合石川地方連合会(以下全自交石川地連という)所属の石川交通労働組合の組合員であるところ、本件被疑事件は、右全自交石川地連所属の富士タクシー労働組合が昭和三十六年四月二十三日頃賃上要求等のための全自交統一スト継続中に、右統一スト並びに全自交から脱退して石川全労働組合会議(以下石川全労という)に加盟したことから、同月二十六日朝被疑者等を含む全自交石川地連傘下の組合員多数が右脱退に抗議すべく富士タクシー本社向いの市媛神社前附近に集結し、折柄右本社前でピケを張つていた石川全労働組合員数十名と衝突して乱闘状態になつた際発生したものであつて、関係者も相当多数に及ぶものであることが認められるのみならず、本件の捜査に当り、全自交側においては全くこれに協力しないばかりか、その傘下の全組合員に対して捜査機関の逮捕、任意出頭等の要求に対しては一切これを拒否するよう厳重に指示していることが窺われ、従つて、本件事案の真相を明かにすることが相当困難であることは十分察せられるところである。右のような事情に、被疑者等と同一組合に属する全自交石川地連傘下の組合員その他の供述等主として人的証拠に依存せざるを得ない本件事案の特質並びに被疑者等がいずれも全面的に犯行を否認している外、被疑者等の所属する組合の組合員等が重要参考人に圧迫を加えた事実の認められること等を考え合わせるならば、本件においては、被疑者等が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がないとはいえない。

なお、弁護人は原裁判官は労働組合員に対する誤つた認識、偏見に基いて被疑者等を勾留するに至つたものであると主張するけれども、右事実は本件記録を精査するも之を認めることができない。

されば、原裁判官が被疑者等に対し罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとしてなした本件各勾留はいずれも相当であつて、本件準抗告はいずれもその理由がないから、刑事訴訟法第四百三十二条、第四百二十六条第一項を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 山田正武 松岡登 花尻尚)

準抗告の申立

申立の趣旨

前記被疑者等に対して、昭和三六年六月二一日、金沢簡易裁判所裁判官塚本一夫がなした勾留の裁判はこれを取消す。

右検察官の勾留請求は却下する

との裁判を求める。

申立の理由

一、被疑者ら七名は昭和三六年七月二一日金沢簡易裁判所裁判官塚本一夫のなした勾留する旨の裁判に基き、現在勾留されている。被疑者らはいずれも全自交石川地連傘下の石川交通労組の組合員であるが、被疑事実は要するに、昭和三六年四月二六日午前八時五〇分頃富士タクシー労働争議において曽我某全労議長に対して傷害を加えたというにあるもののようである。

二、しかるに右事件発生当時、現場には、多数の警察官が動員されていたし、事件直後に被疑者高野、同山田は逮捕され、身柄拘束の上取調を受けたのである。本件発生いらい既に三ヶ月も経過していて、その間も任意出頭あるいは聞き込みによる捜査が進められていた。あまつさえ、警察当局は、石川交通労組の一組合員を買収してスパイに仕立て、違法かつ不当な捜査方法をも構じてきた。従つて警察当局では充分捜査をとげているといわねばならない。

三、ところが警察、検察当局は、今日再び被疑者ら七名を逮捕し、その身体を拘束して取調をしている

前述のように捜査は既に終了しているはずであり、かりに終了していないとすればそれは捜査の不手際によるもので、被疑者らを拘束しなければならない必要はない。本件は労働争議の中で偶発的に発生したものである。しかるにこのような本件に対して、警察、検察が、かような捜査、取調をなすにおいては明かに、全自交傘下の労働組合に対する不当な弾圧である。

四、被疑者らについて勾留の理由は全くない。刑事訴訟法第六〇条第一項によれば、罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由の外に一号ないし三号所定の条件を充足しなければ勾留できない。

しかるに被疑者らが罪を犯したことを疑うに足る相当な理由がない。のみならず、

(1) 被疑者らは定まつた住居を有し、家族もある

(2) 被疑者らには罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由もない。被疑者らが自己に不利益な供述を強要されないことは憲法上保障された権利であるのだから、被疑者らが黙秘したことの故をもつて罪証を隠滅すると考えることは余りにも不当である。よもや、原裁判官がかような違憲な見解に基いているのではあるまい。また捜査が完了していないということだけで、罪証隠滅の疑いがあるとはいえない。被疑者らの身柄を不拘束にすると組合の他の仲間たちと謀つて罪証を隠滅するとでもいうのであろうか、本件は事件発生後三ヶ月を経ているのであるから、罪証隠滅の意思があるものならば、もうすでにやつているはずである。まして、何ら罪を犯していない被疑者らは一体いかなる罪証の隠滅をやり得るのか。

(3) 被疑者が逃亡するおそれが全くないことは明白である。

五、勾留裁判官は、勾留についての要件を看過し、安易に勾留の裁判をなしたものであるのか、さもなくば労働組合員に対する誤つた認識、偏見に基いて被疑者らを勾留するに至つたものである。よつて前記勾留の裁判の取消を求めると同時に、検察官の勾留の請求は全く理由がないから、すみやかに却下さるべきものであると確信するので、準抗告に及んだ次第である。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例